光トポグラフィとマイクロバスキュラーの接点

 

                            敦、桂卓成、川口英夫

                           ()日立製作所 基礎研究所
                      〒
3500395 埼玉県比企都鳩山町赤沼2520

                            maki@rd.hitachi.co.jp

 

1. はじめに

近年、fMRI(functional Magnetic Resonance Imaging)・MEG(Magneto EncephaloGraphy)の無侵襲[*]的な脳機能イメージング法の発展により、脳の働きを客観的に観察することが可能となってきた。しかし、これら従来の方法は、高価で規模の大きな装置が不可欠であり、先端的な研究・医療機関でのみ使用されている。一方私たちのグループでは、光によるヒト脳機能の無侵襲的なイメージング法である光トポグラフィを開発し[1]、 その応用を進めている。この方法は小型な装置で実現でき、さらに日常的な環境の元で脳の機能を計測できるという特長がある。この計測方法を軸に、臨床応用や脳機能発達の解明に取り組んできた。この計測技術では脳活動時に局所脳血液量が増加することを利用して脳機能を評価している。しかし一方で、この局所脳血液量変化の機序は明らかにされていない。そこで我々は、学産連携を通じ脳活動時の血行動態変化の機序解明に向けた基礎的な研究も進めている。

 

2. 光トポグラフィ法とは

光トポグラフィ法とは、生体透過性の高い800nm近傍の近赤外光を用いて血液量(ヘモグロビン濃度)変化を計測する手法であり、大脳皮質機能を脳表面に沿ってマッピングすることを目的として開発された。トポグラフィを英語で記述するとTopography(地勢図)となるが、topo- とはギリシャ語の topos に由来し「場所」 を意味する。Topography の原義は地形図を指し、概念としては地図上の各点にもう1次元の情報を載せたものである。脳の表層を形成する大脳皮質の脳地図(機能地図、髄鞘化地図、解剖地図)は古くからトポグラフィック・マッピング(topographic mapping, topogram と称されてきた[2]。そのため、近赤外光を用いて大脳皮質の機能を計測するこの方法を、光トポグラフィと呼ぶ。

人間の頭部は外側から内側に向かって、頭皮(脂肪層を含む)、頭蓋骨、硬膜、脳脊髄液で満たされたクモ膜下腔、軟膜、大脳皮質(灰白質)、白質の順に層状構造を成している。頭皮上から光ファイバーで照射した近赤外光は、成人頭部で約20 mm 程度の深部にまで到達し、白質や灰白質(大脳皮質)で散乱して再び頭皮外に戻ってくる。この散乱・反射光を、照射位置から30 mm程度離れた位置にある光ファイバーで集光し、検出された散乱・反射光の強度変化から大脳皮質での脳活動に伴う血液量(ヘモグロビン濃度)変化を捉えることができる。大脳皮質の局所の血液量(ヘモグロビン濃度)変化と脳活動とは密接にリンクしており、この変化を計測することによって脳活動の計測が可能となる。光トポグラフィ法では、この局所血液量変化を多点で計測し、脳活動を静止画像及び動画像として可視化する。図1(b)に示す画像は、出生直後の新生児(生後35日以内)の言語活動を、世界で初めて光トポグラフィ法によって観測した結果である[3]


脳の活動を観て脳を理解する場合、脳の活動に伴う生理的変化の計測が基本となる。従って、無侵襲脳機能計測で得られる脳活動の情報は、これら脳内の生理的代謝のモデルを通して解釈される。しかし、脳内の生理も未だ解明できていない部分が多く、脳活動を支える生理的な代謝の理解を深める必要がある。

 


 3. 脳活動時の生理的反応

脳が機能するための生理を大別すると、1)脳の状態を整える内分泌物質の働き、2)脳活動時の神経活動、3)神経活動を支えるエネルギー代謝が挙げられる。現在、我々は、この中の2)及び3)の理解を目指した研究を推進している。脳が活動した時の脳内の生理的反応の概略を図2に示す。無侵襲脳機能イメージング法では、ヒト脳活動中の/牲亞萋亜↓血行動態の変化を計測して、時空間的な特性を把えるが、この方法には空間分解能・時間分解能・計測対象の制限があり微視的な生理反応を正確に把握することは困難である。現に、空間分解能が高いfMRIによる脳活動計測においても、Blood Oxygenation Level Dependent (BOLD)[†]効果だけの解釈で良いのか、異論が唱えられている。



そこで、脳活動に伴う生理反応の詳細な理解は、通常、動物を対象とした侵襲的な計測方法にその役割を譲ることとなる。この場合、脳内の生理状態は、図2に示すように、様々な手法を用いて計測することが可能である。脳が活動すると、 銑い硫當が段階的に起こると考えられているが、それぞれの時空間的な関連性は良くわかっていない。

我々は、これらの時空間的応答の関連性を調べるため、図3に示すように、神経活動と血行動態の変化、及び、神経活動と組織酸素分圧の同時計測を進めている。これらの研究からわかってきたことは、(1)神経活動も血行動態の変化も比較的広い領域で起こること(定性的には若干血行動態変化が広い)、(2)脳活動の初期の脱酸素化ヘモグロビンの増加が局所的に起こる場合があること(脚注参照)、(3)酸素化ヘモグロビン及び脱酸素化ヘモグロビンが変化する空間的な領域はほぼ合致すること[4]、(4)大脳皮質の酸素分圧は深部になるに従い顕著に低下すること、(5)大脳皮質の信号入力層に相当する深さ(6層に分類されるうちの第4層近傍)では、神経活動に伴う極めて初期の酸素分圧低下があること(脚注参照)[5]、等である。

今後、サンプル数を増やし、それぞれの生理反応の時間特性と脳内の血管構造などについて詳細な研究を進め、無侵襲脳機能計測の信号の発生機序を明確にしていく必要があろう。

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

謝辞

新生児の言語機能に関する研究はイタリア国際高等研究所との共同研究である。動物に関する脳機能計測は、慶應大学・谷下一夫教授のグループ(脳活動時の酸素分圧の研究)、慶應義塾大学・岡田英史助教授のグループ(脳活動時の脳内血行動態の研究)との共同研究である。この場をお借りして謝意を述べたい。



[*] 無侵襲:様々な定義があるが、ここでは生体に対して害を及ぼさず、健常者にも適用できることを指す

[†] fMRI信号の主成分は、磁気感受率の高い脱酸素化ヘモグロビン濃度変化であると考えられている。神経活動によって消費された酸素を補給するために、細動脈が拡張し、酸素化ヘモグロビンが集まる。そのため、脱酸素化ヘモグロビン濃度が活動前と比して低下し、BOLDと呼ばれる信号が観測される。しかし、脳活動開始後の極めて初期に、酸素消費による脱酸素化ヘモグロビン濃度の増加が原因と考えられる、一過性の信号減少(イニシャルディップと呼ばれ視覚野で観測される報告が多い)がしばしば観測される。この信号こそが、真の脳活動信号であるとの意見もある。




参考文献

[1] A. Maki, et al., Med Phys., 22, 1997(1995).

[2] 小泉英明 他, 計測と制御,421, 402(2003).

[3] M. Pena, et al., Proc. Natl. Acad. USA, 100, 11702 (2003).

[4] H. Tachibana et al., Proc. of The Second Asian and Pacific Run Symposium On Biophotonics, (2004).

[5] K. Masumoto, et al., JCBFM 23, 1075 (2003).