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HTSを利用した高温蓄熱材による蒸気発生器

小川 智広


東京電力株式会社
技術開発研究所 商品開発第二G

花房 輝

東京電力株式会社
技術開発研究所 商品開発第一G

渡辺 健次(機正)

東京電力株式会社
技術開発研究所 商品開発第二G

1. はじめに:厨房における蒸気加熱の需要および蓄熱式蒸気供給の利点

 近年,水蒸気(以下,蒸気と記す)による調理加熱が注目されており,最近では,家庭用においても,“ローカロリー調理"や“減塩調理",“低酸素調理によるビタミン保持"などの効果があり,かつ食感良く仕上がるということで,蒸気加熱式のオーブンレンジが発売されている。蒸気は以前より,学校や病院などで裸火がないため一酸化炭素中毒などの危険性が低いことから,回転釜・蒸し器・解凍器などの調理器具および食器消毒保管庫等の加熱源として使用されてきた。また,過熱蒸気により直接加熱するオーブンは,加熱時に低温の食品表面において凝縮熱が発生し,それが食品に伝わることから,熱伝達が早く短時間で調理できる利点を生かし,最近では宅配ピザの調理にも利用され始めている。
 また,熱源を蒸気にする利点としては,蒸気発生器として厨房の外部に設置することで厨房の環境が良くなるという点が挙げられる。そのため,米国では業務用の加熱源としてスチーム加熱の調理が一般的であり,今後国内の業務用厨房においても蒸気加熱の需要は益々高まっていくものと思われる。
 蒸気供給を(電気)蓄熱式にする利点としては下記が挙げられる。
  1. 割安な夜間電力を利用するためランニングコストが安い。
  2. 必要なときに必要なだけ蒸気が得られる。(加熱時のロスが最小限に抑えられる。)
  3. 蒸気供給時に設置箇所においてCO2を発生せず,また燃焼部分がないため安全性が高い。
 以上により夜間電力蓄熱式蒸気発生器の開発の必要性を認識し,開発に着手することとした。

2. HTSとは

 今回の夜間電力蓄熱式蒸気発生器のための蓄熱材として求められる条件は,まず,蓄熱容量が大きいことと熱移動速度が早いことが挙げられる。熱物性には,比熱・密度・潜熱・熱伝導率・粘性係数・熱拡散率などがあるが,それらを基に,蓄熱材の加熱・吸熱時の熱解析を行って,単位重量および単位体積当たりの蒸気供給量が競合器(油炊きなど)と同程度であることが必要である。
 HTS(Heat Transfer Salt)は,アルカリ硝酸塩と亜硝酸塩の混合塩で,化学組成としてはモル比でNaNO3/KNO3/NaNO2=7/44/49で代表されるものである。HTSの蒸気供給のための蓄熱材としての主な利点は以下の通りである。[1]
  1. 約500° Cの高温まで常圧・常温の空気中で使用できる液体としては共融点が142° Cと低く,供給蒸気温度として適当である。
  2. 密度は1.79×103 kg/m3と比較的低いものの,比熱は1.56 kJ/(kg・K)と大きいため,容積当たりの熱容量が比較的大きい。(>液体金属,Dowtherm)
  3. 熱伝導率は,液体の高温水より少し高い程度であり(0.48〜0.30 W/(m・K)(150〜500 °C)),液体金属のような熱衝撃を与える心配はない。
  4. 使用する金属材料は,通常の使用範囲(〜500 °C)において,アルカリ硝酸塩により表面に不動態被膜を形成するために良好な耐食性を示す。従って,容器材料としては普通の鉄鋼材が利用できる。
ただし,逆に3に示すように熱伝導率が低いため,蓄放熱を繰り返す蓄熱材としては,単体で使用するのは不向きであり,他の蓄熱材との組合せが有効であると考えられる。

3. HTSを利用した高温蓄熱材による蒸気発生器(試作試験器)の設計

 蓄熱式蒸気発生器のシステム概略図を図1に示す。装置構成としてはシンプルであり,夜間電力を利用してヒータで蓄熱材を昇温し,昼間蒸気が必要な場合に,軟水処理した水を蓄熱材内に配した伝熱管内を通過させ過熱蒸気とし,さらに蒸気発生器内の温水を通過させることにより飽和蒸気として供給するシステムである。
小川(東電)Fig.1
図1 システム概略図

 今回の機器設計にあたって以下について検討した。勿論,この他にも製品化するには安全装置を含む制御系の設計が必要であるが,ここでは熱工学に関連する部分に限って解説することとする。

  1. 蓄熱材の選定[1]
     上述した通り,HTSは蓄熱材として単体での使用は不向きである。そのため,今回は,混合材料として,比熱が1.18 kJ/kgでHTSと同程度であり,密度は3.46×103 kg/m3で比較的小さく,熱伝導率は20.15 W/(m・K)と大きい上に,コスト・安定性に優れるマグネシア(MgO)のクリンカを使用した。MgOは,今回の使用条件範囲内では固体であるため,単体での熱伝導率は良いものの,クリンカそのものでは,空隙の熱伝導物質が空気となり,全体の熱伝導率が低くなってしまう。そのため,今回はそれら相互の欠点を補い合う物質として,HTSとMgOを選択した。(写真1)
     ここで例えば,他に比較的入手し易いものとして鉄(Fe)+HTSの組合せとMgO+HTSとを比較してみると,Feの比熱は0.575 kJ/kg,密度は7.78×103 kg/m3であるため,単位体積当たりの熱容量はほとんど変わらない。しかし,単位体積重量が大きいため,同一熱容量で比較するとFe+HTSの方が80%以上の重量増となる。

    小川(東電)写真.1
    写真1 HTS とマグネシア(MgO)クリンカ

  2. 温度制御(蓄熱量の確保)
     HTSは,550 °Cを超えると下記の分解反応が進行してHTSが減量する。
        5NaNO2 → 3NaNO3 + Na2O + N2
     そのため,蓄熱量を増大させるために,10時間程度の時間内に,安全側に見て蓄熱材を500 °C以下で可能な限り均一に温度上昇させるための熱交換器設計が必要となる。
     今回,MgO+HTSの混合物の熱伝導率は1.3〜0.8 W/(m・K)(150〜500 °C)程度と低いため,均一に温度上昇させるには伝熱面積を増やす方法を検討した。そのために,いくつか方法を検討した結果,加熱源のヒータを格納したパイプとフィンを一体化させてフィンを介して蓄熱体を昇温させる方法を採用した。図2に蓄熱材温度解析の解析モデルと解析結果を示す。加熱源温度を500 °C以下に抑えた条件で,加熱時間10時間で,蓄熱体をほぼ均等かつ平均温度を約450 °Cまで昇温出来ることが確認できた。

  3. 供給蒸気量の確保
     また,供給蒸気量を増大させる,即ち利用可能熱量を増大させるためには,蒸気供給時に蓄熱材を均一に温度降下させることが必要であり,加熱源の場合と同様に,フィンと一体化させることが望ましい。
     ここで,上述した通りHTSは熱伝導率が比較的低いため,それ自身には熱衝撃を与える心配はないが,伝熱管は内部に水を通すことから,最大500 °C弱の温度差に繰り返し曝されるため熱疲労を考慮する必要がある。そのため,伝熱管の材料として鉄鋼材ではなくインコネルを使用しなければならないと判断し,結果,熱膨張係数が異なるためフィンと一体化は断念することとした。代わりに,熱衝撃を考慮して,伝熱管をフィンおよび加熱源と5〜7mm程度の離隔を確保し,加熱源近傍に対称に配置し温度解析を実施した。図2の解析結果から蒸気供給終了時にほぼ均一に温度降下させることが出来ることを確認した。

小川(東電)Fig.2
図2 蓄熱材温度解析結果

4. 試作試験器測定結果の評価

 製品化に先立ち,蓄熱式蒸気供給器の試作試験装置を製作し,設計性能の検証試験を実施した。図3に装置の加熱入力・蒸気出力および蓄熱槽内平均温度の時間推移を実測値と解析値を比較して示す。設計通りの加熱入力に対し,蓄熱槽内平均温度も設計通りに得られており,また,蒸気供給による蒸気出力に対応して蓄熱槽内平均温度も設計通りに低下していることが分かる。以上から熱交換器は設計性能を十分に満足していると判断し,製品化に移行した。

小川(東電)Fig.3
図3 加熱入力・蒸気出力および蓄熱槽内平均温度の時間推移
(蓄熱モジュール1台当たり)

5. 製品紹介

 本製品は,電力共同研究として,東京電力株式会社・東北電力株式会社・北陸電力株式会社・中国電力株式会社・九州電力株式会社の電力5社と石川島検査計測株式会社により開発した。
 写真2に開発システムを,表1に製品仕様を示す。なお,本製品は簡易ボイラ(電気式貫流ボイラ)に区分されるため,取扱いに関して特別な資格は必要ないことを補足しておく。
 また,本製品は,本年7月27日(水)〜29日(金)に東京ビッグサイトにて開催される展示会「エネルギーソリューション&蓄熱フェア‘05」で紹介する予定となっている。
小川(東電)写真.2
写真2 開発システム全景


表1 製品仕様
小川(東電)表.1

【参考文献】
[1]溶融塩・熱技術研究会,無機融体の物性値 第集 KNO3+NaNO2+NaNO3系溶融塩(HTS),1988